ローマ・エイジのこだま

ローマ人の物語 (17) 悪名高き皇帝たち(1) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (17) 悪名高き皇帝たち(1) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (18) 悪名高き皇帝たち(2) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (18) 悪名高き皇帝たち(2) (新潮文庫)

大学に居た頃、古本屋で富士見ロマン文庫の「カリギュラ」という文庫を見つけ、暇つぶしに読んだことがある。
人名をそのまま題名にしたもので、当の人物は古代に栄えたローマ帝国の第三代皇帝である。25歳で皇帝に就任した彼は、3年半程の治世の後、側近に暗殺されている。
ここで紹介されているカリギュラは異常性癖の狂人という扱いだが、まあ現代から2000年前の性習慣を論じたところで詮は無く、フランス文庫のような香りがするこの書物はしかし、猥雑だが読ませる力はあり、ここまで描かれてしまったカリギュラなる人物に興味を覚えたことは確かだった。
上に紹介してある塩野氏の本にも同じカリギュラの評が載っている。『悪名高き皇帝たち』と副題が付いており、(『悪名高き』と副題につけることで、帝政移行から2000年後の今に至るまで復権の動きはあったにせよ、何故この四人が『悪帝』と言われ続けたかを資料から厳密にしたいという意図があったよう)帝政に移行したローマ時代初期の悪帝と呼ばれた四人の男達を取り上げられている。その四人とは

  1. 第二代皇帝 ティベリウス
  2. 第三代皇帝 カリギュラ(ガイウス)
  3. 第四代皇帝 クラウディウス
  4. 第五代皇帝 ネロ

となる。
この17、18巻ではティベリウスカリギュラが主に取り上げられていて、一読してみると何故彼らが『悪帝』と断ぜられたのか、それぞれの皇帝たち、社会に様々な要因があったことが良く分かる。
プロフェッショナルかつストイックだったティベリウスは、内政では新たな公共工事の停止や剣闘士の戦いの廃止など政府支出を抑えに抑え、外交軍事では防衛線の確定などを完璧に行い、帝国の基盤を磐石にした。が、それ故に訪れた「平和」と体感としての「不景気感」が庶民の不満を皇帝に向けさせてしまう。そこにティベリウスの人間嫌いな性格とカプリ島への七年に及ぶ隠遁が加わり、業績としては文句なしのティベリウス帝の人気を下降させてしまった。
カリギュラが皇帝に即位したのは、このような状態のときだった。完璧な状態で維持された「ローマ帝国」と、不景気感に鬱屈していた市民達の熱狂的な歓呼。
わずか20代前半の若皇帝はティベリウス帝の側に居て、何をすれば民衆の不人気を被ってしまうかは身に染みて分かっていた。だが、政治を知識としても経験としてもほとんど持っていなかったと見える若い皇帝は、治世のほとんどを「人気取り」だけに終始して終えてしまう。
巨大な剣闘場の創設、連夜の演劇、体育競技会… 莫大な支出によりたった数年で黒字だった国庫は赤字に。暗殺の真因は明らかではないが、カリギュラは2倍以上年の離れた近衛部隊の大隊長によって殺され、3年半の治世を終える。享年28歳。
思うに、カリギュラとはローマ帝国の「バブル」を体現したような人物だったのではないか。そしてそれを望んだのはほかならぬローマ帝国の民だ。たった3年の治世というのも、連日のドンちゃん騒ぎから酔いをさました人達が、思い出したくない昨日の行為を早く忘れたがった結果のようにさえ思えてくる。
当時の最高神に近いアポロンと自らの合一を願い、宣言までしたカリギュラは自分をアポロンに似せた像をあちこちに建てさせた。この像を見るたびにローマ市民は自分達の乱痴気騒ぎを思い出したことだろう。誰だって嫌な過去には目を瞑りたい。結果、彼の像は今現在ほとんど残っていない。消し去りたい過去として早々に壊されたのだろう。