架空史 まとめ3



一つの裏切りによってT嬢の帝都進攻は幻と消えました。おそらくあの裏切りがなければ、T嬢は洛陽を落とし、実質的にも形式的にも新しい国家を作るリーダーとして名を残す可能性が残っていたでしょう。T嬢に背を向けた高官はO氏の歓迎を受け、後に対T嬢「青」―T嬢の公国は青色の旗を用いていたことから「青」と呼ばれていました―対策のために創設された第三軍団の軍団長にまで上りつめます。

この手痛い敗戦の後、公国「青」を治めるT嬢は平定した楚の慰撫にまい進するようになります。裏切りの原因の一つがT嬢に降った楚の諸将をあまり顧みてこなかったこと、と考えたのかもしれません。確かに、洛陽を目指しての戦いでも、主戦級は登録武将で言えば山氏、マダム、史実武将で言えば周瑜甘寧などを重用していました。呉か自分に近しい将を重く見たことがM嬢から降った諸将の不満を高め、結果として、その声が形となって現れたものが高官の裏切りと言えなくはありません。
また、実際、この戦いで公国「青」はかなり疲弊していたのでしょう。前線を保持するのが精一杯で、地盤であった呉の国力だけではすべての前線を賄いきれない状態。そこに今だT嬢に心から忠誠を誓っているとはいいがたい楚の諸将が呼応するようにして反乱など起こされてはたまりません。これではO氏の怒涛の反撃の前にT嬢は荊州北部ばかりか、せっかく得た楚全体をも自分の手から零れ落ちることになってしまいます。

皮肉なことに、T嬢の目が国外から国内に向けられたことで、一つの裏切りによって世は混迷の度を深めましたが、相対的な平和状態がもたらされました。この平和が数十年という長きに渡ったのが四強の意図によるものかどうかは別として、前線を除く内地では市場収入、穀物の収穫量の増加が見られました。そして各都市が豊かになっていくのと比例するように、登録武将が天に還っていきます。
220年代後半、T嬢とN嬢が相次いで他界。T嬢の後は長女が二代目の女公として即位。N嬢は結婚していなかったため養子として迎えた男子が即位。230年代に入ってO氏も鬼籍に名を連ねます。後には男子が即位。235年にはA氏も身罷り、こちらも長子が二代として跡を継ぎます。
残った登録武将は数名。O氏の正軍師として高官の寝返りにも尽力したI氏。M嬢に見出され水軍長として活躍し、楚と呉の大戦の後T嬢に降ってからは山氏の副官として、山氏亡き後は江陵太守を務めるモモ氏。N嬢亡き後、二世の擁立と蜀を取り仕切る宰相J嬢。N嬢の武の要として常に前線にあり、輔国将軍を賜ったH氏。A氏の能吏として各地の戦線に参軍し、得意の弩兵集団を率いるヴァ氏。
230年代は正史では蜀の諸葛亮が亡くなるなど、出てくる武将も三国志初期の名将達は姿を消し、新しい武将達が表舞台に立つ時代です。架空のリプレイでもこの230年代は変化の時代でした。新しく即位した若い君主達に残されたのは長年蓄えられた富、それは彼らの脳裏に「統一」という野望をたきつけるには十分だったでしょう。この時代、穏やかだった各地の国境地帯で、徐々に戦闘が増えていきます。そしてそれは確実に「中華統一」という流れへと収束していきました。